おはようございます、マリーです。

睡眠の取れないままの朝。

鳥の声がとってもかわいい朝。

引越し先のカラスたちは、すこし鳴き声が短め。


そんな早朝の時間を過ごしています。

なので言葉もどこかおかしくなっていたり、誤字もあるかもしれません。

後ほどに読み返して気付いたら直しますね。


そして、今回のブログには体重の記録はないので、また後日かな、載せますね。


ブログのタイトルはまだ決まっていないけれど、『守る』っていうことだったりを書こうと思っています。


というのも、わたしは占い師をしている時期があったりなかったりの人生を過ごしていて。

ずっと以前の対面占いでご相談いただいた内容や、電話占い師をしていての言葉を、とくに今晩、強く考えて過ごしていました。


書きたいことは、まとまっていないんです。

だからこそ、書きながら自分の心を見つめたいなって思っています。



「わたしは何を守ろうと、誰を守ろうと、何を大事にして言葉にしているか。」


それを考えたいんです。


十年近く前、占い師を対面でおこなっていたとき、ご相談に来てくれたかたをきっとひどく負の感情におちいらせたことがあります。


電話占い師をしていても、そうした感情にさせたことがあるのだと思っています。


『わたしは〇〇できますか?』

『わたしは〇〇になれますか?』


そのひとの求めてる返事はきっと…イエスです。


わかっていても、そうまっすぐに伝えられなかった時をいまも思い返すことがよくあります。



とくに、電話占い師をしていて届いた言葉。


わたしはしあわせになれますか?


わたしはそのご相談に、慎重でありたいとすぐに強くそう感じた。


わたしは、まわり道を言葉として選んだ。


しあわせになれますと、わたしはまた、まっすぐに教えてあげられなかった。


とくにその人からの電話ははじめてではなく、そのお心にあるものをわたしはのぞかせていただいていた。


その人の心に存在するものを、少なからず聞いていた。


そんな人が、わたしを頼り、『わたしはしあわせになれますか?』と電話をくれた。


もしかしたら、わたしは、目の前の相談者を守ろうとせずに、ただ自分の信念を守ったのか。


その人の希望の灯りはとても揺らいでいたかもしれない…。


返事に正解がなかったとしても、そうであっても、最善を常に選択をできる占い師でありたい。


常に自分の言葉がただしい想いで伝わることはないんだという葛藤を持ちながらも、そうであっても伝われと、あなたの命の美しさに感動しているんだって、そうひとりひとりにそう思っていることをおぼえていたい。



思い巡る夜の中。

週末、友人に会ったら、同じ音楽を聴くようになったよって、伝えてみようかと思っていた心は、そうしたことを考えていたら、なんでかダメだとブレーキがかかったんです。

ダメだよって。

こわいって。

ダメだよ。



でも、そんなときであるからなんだ。

力をもらえる、出会いがありました。


そうしたら、友情を守りたい、それは自分を守りたい気持ちを優先させ、大事にしなきゃいけない、本当に見つけてあげなきゃいけない自分の感情をふたをしたのだということを思ったんです。


わからなくとも、わたしが話さない決断をすることは、その友人を信頼せず、装いの姿でわたしを見せることと同じだと思ったんです。


けっきょくはこわくて話せないかもしれない。


でも、心の面で、信頼していても話せなかった自分なら、きっと伝えなかったことが大丈夫なんだと思えるだろう。


わたしはあなたを守るために、自分を大切にした。

周り巡ったとしても、それがわたしたちは互いのしあわせの道を生きていることになれと願う。


『わたしはしあわせになれますか?』

あなたの道を、わたしは深く想像し、描き、その苦しみの海の温度を感じたんだ。

その水の色も。

けれどそこに差し込む光をかいた。


あなたのしあわせを見つけたいと探す、わたしはそのひとり。



マリー