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マリー
30代後半。
日課にしている体重記録と日々の思いをブログに書いています。
精神的な病による入院・再発歴あり。
現在は服薬管理のもと、安定した日常に。
少しずつ唯一無二の自分の存在を愛おしくなるような、また自分自身を見つめる時間になるようなブログにしたいと思っています。
よろしくお願いします🌿
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英語を勉強しようと思う。この命の誓い。

こんにちは。マリーです📚

体重記録とその詳細の投稿ができずにごめんなさい。

画像の加工に時間が要るのですが、それを数日分溜め込んでいるため、終わり次第投稿いたしますので、それを待っていてくださる方には申し訳ないのですが、今回も思いのブログとなります。


8月4日のこれからのブログの計画をみるとした日に触れたのですが、その日、わたしはタロットカードやルノルマンカードでこれからのブログの姿勢についてをみました。

取り入れてみよう!と思えたことができたので、準備ができ次第始めていこうかな。と書いていたのですが、そのときは内容については書いていませんでした。

実は、その日カードから今後のブログで取り入れたい、そう思った内容は、英語での記事も同時に載せるというもの。

わたしの言語は日本語なので、このとおり日本語でブログを書いていますが、英語でもその日の内容を伝えてみるといいよ、とカードから伝えてもらい、それをやってみたい!そう思ったのです。


ですが、わたしは英語力が無いんです。

たぶん、日常で使用されるカタカナ英語もさっぱりなくらい、単語力もないんです。


学生時代はどうしていたかというと、ラジオの基礎英語を毎日録音して聴いていました。

洋楽も好きで聴いたり、何より英語の発声って美しい響きだと感じていました。

なので学力テストなどのリスニングはわりと得意ではあって。

筆記的な問題についても、先にその問題をざっと読んでからどういう問いがこのテストにはあるか、ということを把握してから例文を読んでいくので、そこそこ英語の学力的なものは低くはない学生時代でした。


ですが現在は全く勉強をしていません。

でも、この先わたしのブログを英語という言語のわかる方にも届けたい。

その想いを8月4日のタロットカードやルノルマンカードでみてからは持つようになりました。


当初は翻訳アプリに頼ろうかと考えてすぐにスタートをさせようかと考えていたのですが、それをすぐに実行に移さなくてほんとうによかったと今思っています。

やっぱり、自分で学び、自らが選択した言葉でブログをつづりたい。

その気持ちが今は強いのです。


だからこそ、今からでも文学的な英語を勉強していこうと思ってきています。

この時代はありがたいことにYouTubeやネットでも気軽に英語の勉強もできますよね。

年齢にとらわれたことは昔から滅多にないので、もちろん30代後半である今からだって勉強を始めることに対しても遅いという認識はありません。


ここで、少しどうでもよい話題なのですが…わたしはけっこうドラマをみるとき(滅多にはみませんが)最終回を見ない傾向があります。

起承転結の結びを見ないのです。

学生時代、はまりにハマって読んだハリーポッターも、未だ最終巻は読んでいません。

なんでか、最終回を知らなくても過ごせる性格をしています。


と、なんでこんな話を持ち出したかというと、ハリーポッターの洋書をたぶん1冊だけだと思うのですが購入したことがあるのです。

20年近く経つ今も、その日の本屋がどこで、どんな風に見つけて手にとったかを覚えています。

その日はわたしの誕生日で。

ハリーポッターは翻訳版より洋書が先に発売されていたので、あまりに待ちきれず読めもしないのに洋書版を購入したのです。

けっきょく、その本は読んだというより流し読んでなんとなくの理解でとどまり、数日か数ヶ月後の翻訳版を購入して読んだ記憶があります。


それと、わたしは10代の頃から洋書の翻訳の本を選んで読む傾向がありました。

そこで描かれる景色はやはり日本ではなく、ファンタジーではなくともやはり異国なのですよね。

見たことのない景色に美しさを感じ、そこで生きている方の言葉からその土地のエネルギーを受け取る。

その作業が楽しくてしょうがなく、好んで筆者が海外の方の本を選んでいた時期が長いです。


また精神の病を発症する前、日に3冊は読んでいたと書いたことがあります。

ただその3冊、日によって前後はしているはずですが、それは文学書だけではなく、当時学んでいたデザインやタイポグラフィー、色彩、チャクラやオーラソーマなど他にも、比較的読了に時間を要さない分野の本も含まれていました。

わたしは読むスピードは早くはなく、高校時代は速読のできる同級生を羨んだものでした。

それでも、本は10代後半のわたしにとって、唯一のといってもいいくらいの、呼吸をとり戻せる場所だったのです。


わたしはその当時、タイポグラファーや雑誌の編集者を目指していたのですが、とにかく美しい書体や字間で構成された書物を読むこと、活版印刷のような、それでしか味わうことのできない文字に魅了されていました。

短大生時代は過呼吸がひどく、購買で売られていた天然の炭酸水のボトルが青かったのですが、当時毎日それを購入しては、喉のチャクラの色である青だからと、そのボトルを喉に当てては呼吸を楽にしていました。

今思い返すとなんでそんな死に急ぐ生活を自ら望んで行なっていたのだろうかというくらい、息のつく間もないような生活を送っていました。


そんな日々の中での本です。

とくに装丁の美しい本には心をごっそりと持っていかれ、恋をしたかのようにその本を見つめていました。

そしてその中の文字の書体の選択とその字間が美しい本に出会ったときは、そのときだけであっても(ほぼ図書館から借りていたので)最愛の恋人でもできたのかもしれないと錯覚するくらい、その本に恋をしました。


ここまで書いたら疑われること少なくなると思うのですが、わたしはたぶん文字を、言うならば本という存在を愛したのだと思います。

だからこそ、過呼吸であった短大生の時代、本を手に取り、そこの文字と文字の字間にわたしは呼吸をする場所を見つけ、そこで息を取り戻すような生活を送っていました。


わたしにとって、本は命を今に繋いでくれた、大切なパートナーなのです。


現在は、本を購入するより圧倒的に電子書籍を購入してしまうのですが、今でも美しい装丁や、大切に丁寧に作られた本は息吹が宿るもので、そうした本と出会うと、ときめき以外に生まれる感情はないのでは、というくらいの感動と出会えます。

空白のよく考えられた本と出会うこともまた幸せの一つでもあり。

そして何より、その内容である言葉の響き…。

どこまでもその世界とその宇宙が自由である本に出会えた喜び…。


少し本への愛が溢れてしまいましたが、現在はそんなに本は読んでいません。

どうした??っていうくらい、読めなくなりました。

理由は複数考えられますが、その一つに、毎日服用している向精神薬もあるはずだと思っています。

その薬は脳の指令を過剰にいきすぎることを抑える役目があります。

いわゆる、脳の機能を抑えているのです。

もちろん安定させる(正常に戻す)作用もあります。


わたしは勝手な自己判断から断薬をしていた時期があると、プロフィールに書いているのですが、この断薬をしていた期間はおおよそ1ヶ月と数日でした。

この間は音痴のわたしなのに、音がわかるようになったりと、感覚がとても鋭くなり、体重も断薬中の間で7キロくらい落ちました。


かといってわたしは断薬をすること、今現在もこの先も考えていません。

毎日、薬を服用しています。


それを断つことで得られることは、感覚が鋭くなることや体重が減少するような、一見するとプラスに働くものばかりではないことを、当時を経験したからこそ知っているからです。


記憶というものは面白いものなのでしょう。

何百と読んでいた本の内容や言葉のほとんどを、記憶から今現在に取り出せるかといったらそれはできません。

でも、それは確かにわたしという人間をここにつくりだしているのです。

そして、その読んだという体験は、言葉として詳細に思い起こすことはできずとも、失われることのないものとして、わたしの人格を形成しています。


今日もまた長くなっていますが、いつの日かマリーのブログの思いを、英語のわかる方へも発信したい。

その想いを持っています。

それが叶う日は数年先であるかもしれない。もしかしたら10年以上の月日を要するかもしれない。


そうであったとしても、わたしは英語だけに限らず、この人生を学ぶという姿勢を持ち続けたい。

変容を恐れずに、時代の流れに空間という風を見出し軽やかに乗って、この先も生きていたい。


……26歳。

実は、わたしはこの年齢で自分の人生は終わると思って生きていました。

ですがその年齢を超えてもわたしは今生きています。

でも、自分の人生はせいぜいあと10年くらいだろうと、ブログを始めた当初はそう思って書いていました。

実際、100キロ以上ある体重を抱えていて、血管や心臓の病がいつ訪れてもおかしくないと、いつでも終わりを覚悟してその支度もしていました。


けれど今。

わたしは命を繋いでいきたい。

思い出すことのできた使命を全て全うせずしてこの命を終わるわけにはいかない。

そう思っています。


あなたと創る未来がわたしにはある。

その記憶を取り戻せたのです。

死に急ぐような生活はもうしません。


全て、全てをわたしという自己と、この宇宙に宿る生命をつなぐ役割に果たすと。

その誓いを胸に生きていく。


その想いである魂は永遠のものです。

肉体を離れる日まで、わたしは自分の命を全うさせる。

その決意は揺るぎなく、いま、確かな温度をもっています。


読者のみんな。

見ていてください。

待っていてなんてそんなことは言わない。

常に見ていて欲しいなんて願いももたない。


でも、見ていて。

いつの日か、わたしが自分の使命を全うする日を。


ありがとう。

ちょっと泣きそうになったけれど、それは一瞬だけ。

いま、ワクワクしてきました。


ありがとう。



マリー

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この記事を書いた人

30代後半。
日課にしている体重記録と日々の思いをブログに書いています。
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