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マリー
30代後半。
日課にしている体重記録と日々の思いをブログに書いています。
精神的な病による入院・再発歴あり。
少しずつ唯一無二の自分の存在を愛おしくなるような、また自分自身を見つめる時間になるようなブログにしたいと思っています。
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映画を観てきた。意見と主張は異なるよね?…

ラストマイルを観てきた。

とっても心が重い。

感動で涙というより、重くて重くてどこか心をもぎ取られそうになることが苦しくて、涙が出るような。

普段、わたしは電車の中でも、一緒に乗ってる人に対し、あなたは今までどんな歩みをしてきたのだろうか…と思い馳せる時間を、想像を膨らませることをよくするけれど、この映画は登場する人物がとても多い分、丁寧にゆっくり観察ができるような間がないと、わたしにはひとりひとりの人生の歴史や歩み、その時の感情を見にいくことにいっぱいになって、正直はなんて映画なんだ…と重くなって。

帰宅の電車や周りの景色が作りものに映るくらい、どこか自分が違う世界に残されたまま、肉体だけ地球にいて電車に乗っている感覚になった。

映画でそれだったから、「がらくた」のMVがとても救われた。

それに、わたしが忘れそうになっている、“がらくた“の言葉を教えてくれたようなMVだった。

米津さんの登場する場面の切り抜きにどこまで意図を持たせているかはわからないけれど、その場面に映ることで景色が成立されているようで、とても素晴らしいと感じた。

わたしはどちらかというと、いまとっても心が苦しい。

理由には、SNSで知るMVへの言葉だったり。

昨日かな、ふと思ったことがあって。

意見や何かを伝えるって、相手と同じ立ち位置に立とうという心が大事だなって思ったんです。

上下関係のような、どちらかが優位だと思う位置から発する言葉は意見ではなく、暴力にも成りうるんだなぁと昨日何気なく考えていました。

SNSって少なからず、発言する人は安全な身であることを前提に発言していることがほぼです。

それは書いた同じ目線になって言葉を伝えようとしている、「意見」とはならないことも起きうる。

わたしには攻撃にも感じる人もいる。

意見の意味には、ある特定の事物や人物、さまざまな社会的な問題やできごとに対する態度、信念、考え方、価値判断などを、ことばによって表明したものをいう。とある。

『いろいろな意見がMVにあるけれど』という表現も何件か見るけれど、わたしには意見より主張にも思える同一の思考を重ねていっているように思えた。

意見を言うには、その前に物事を的確に捉え、本質とはと見定める、とても丁寧な作業が必要だと思う。そして相手に考える余白を提供できるもの。

個人の感想というならまだいい。

でも、SNSからは、感想を飛び越えて、意見でもない主張を感じる。

わたしがなんでそこに対してこんなに否定的になっているかというと、単純に苦しいから。

この作品に関わる大勢の人の心を想像すると、とにかく苦しい。

映画を観る前から苦しかったけれど、今は発信する側のわたしも誰かを傷つけていることを、そのことを思いながらいなくてはいけない。

なぜ、意見はよくて、主張のそれがよくないと思っているかというと、主張って一方通行に思えるから。

意見には、わたしにはこの世界はこう映っていますよ。じゃああなたはどうですか?という相手も同じ世界で過ごす対象がいるように思えるんです。

でも、主張はどこか相手を切り捨てる感じを受ける。

どこまで相手と同じ目線に立てるか。

それはもちろん精神性に共通するところがあれば、なんなくできるものだが。

そうではないのだとしたらどちらかの歩み寄りが大切になってくる。

「がらくた」のMVからは、わたしは不完全さをぶつかりながら、そして愛おしく見つめ合いながら、2人の歴史があってそれは切り取られる前やこの後起こり得るだろう時の流れ、そして移り変わりとともに、容認を重ねていく過程が想像でき、美しく、でもそこに、”人間”が描かれていると思えます。

あなたの意見や感想の否定の意に思えたら申し訳ない。

でも、どうして自分の心に映ったある意味で短所の世界(でもそれは自身が見てるもの)を表現する必要があって、それがどうして意見なのかとそこまで言い切る人の感想を見ない。

人間の脆さとか、壊れる可能性なんて、いつ、誰でも起こっておかしくないことなのに、その世界はこの地球にまだまだ溢れている社会が大きく存在しているのだからこそ、「壊れていてもかまわないんじゃないか」ってメッセージを「がらくた」からあなたは受け取っているのではないのですか?

ちょっと心の調子が整わず、寝不足もあり、一気に書いた内容をブログとしてあげました。

後日か修正するはずです。

わたしの心が繊細になっていることはとても自分でも感じている。

けれど、ブログにしたかった。

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この記事を書いた人

30代後半。
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