医者を通して教えられたこと

こんにちは、マリーです🌿

本日、2023年12月14日(木)、体重記録と詳細です。

※↓画像はスクリーンショットをつなぎ合わせたものです


今日は、精神科の通院日。

思ったこと、意見だったり、相手が医者だろうが言わねばいけないことはあるはず。

けれど今日、それを諦めてしまったのか…。

ただ、何か引っ掛かりながらそのときは言葉にならなかっただけなのか。

言う選択から逃げたのか。


自分の感情を整理してとのときに伝えるべきだったとは思う。

伝えることから逃げてしまったかもしれない。

感情をきっと押し込んでしまった。


医者から信頼をもらえてないことを今日はとても思う日だった。

わたしにとって精神的にけっこう荒れるのが、この医者と会ったとき。

でも合わないと決めて通院先を変えることって、精神科の場合だったり、わたしの状況から簡単ではないけれど、その選択も考えてみるべきなのだろうか…。

その精神科には3年ほど通っていて、そこは病院と繋がってもいるから何かあればその病院に入院ができると聞いていて通っているものの、実際はその病院に入院できるわけでもないとわかったので、変える選択肢も検討すべきなのかな…。


思ってもみていないことや、そんな言葉を言うわけもないことを、わたしが言うかもしれないからと話を受けた。

何かあったら病院へ行くのでと伝えると、それで来てもらうのも、それに何かあっても本人は気づかない、時間がないからと来ない理由をつくる、と話があった。

精神科医だからこそ、患者のことを想定することは大切だろうけれど、そんな発想はしないのに、まるでそれがわたしであるかのように話を作られることは嫌だ。


言うべきだった…?でもなんて言うべきだったろう。

けれど、わたしも気をつけるところだけれど、相手の感情や行動を現実でもないのに、まるでそうかのようにつくってはいけない。

もしかしたらその傾向があるから、気をつけなさいと言われて見せられている現象なんだ。

先日も、仕事先の仲間から先々週のあのときすごく怒ってこう言ってきたけれどと言われることがあった。

その方にも職場でも怒りの感情は持ったこともなく、その発言もわたしが本当に言ったのかと思うような言い方で驚いたことがあった。


今日のこととは少し違うけれど、似ているような現象。

だからきっとこれもサイン。


相手の思考や感情をわたしが勝手につくりあげない。

気をつけたいと思う。


医者を変えるのではなく、わたしが変わっていこう。


穏やかに、生きたい。

心ゆるやかに、生きる。

その生き方をわたしは選び、それは叶う。


マリー

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この記事を書いた人

30代後半。
日課にしている体重記録と日々の思いをブログに書いています。
精神的な病による入院・再発歴あり。
少しずつ唯一無二の自分の存在を愛おしくなるような、また自分自身を見つめる時間になるようなブログにしたいと思っています。
よろしくお願いします🌿

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