こんにちは。マリーです🌼
1月の末頃からモーニングページという、わたしはA4サイズノートを使用して起きてから1ページだけ書くことを始めています。
開始したばかりの日、その1ページを書くのに10分経過していたと書いたのですが、それ以降も書き始めた時刻と書き終わりの時刻も記しているものの、遅いときはダラダラ集中力も続かないで30分以上かけていることもありました。
10分で書けたら早いペースだったくらい、続けていると日によって全く書くこと浮かばないと書いていたり、伸ばし棒を使ってスペースを埋めたり…笑。
頭の中の会話はずっとしてしまうものの、手書きで文字として起こすと、それでもこんなこと朝は考えているんだなっと面白くもなってきて毎朝楽しく書いています。
この頃はいろいろな出来ごとからのサインを見落としがちに思う。
またとは訪れない今という時間をなるべく丁寧に生きたいし、イライラや不安のような負に思える感情を抱いている自分に対しても、その感情の幹を想像して根を捉えることができるように、冷静に観察のできる心を養いたい。
だんだんと春らしい陽気を感じることも増えてきて、季節の変化の実感があります。
寒さにともなって鬱っぽくなっていた心も、少しずつだけれど楽に過ごせるようにもなってきました。
占い師を職業としてしていると、悩みや不安の声に心を寄せることが日常です。
対面鑑定なので他の占い師の方とその方にご相談している方のやり取りの様子も感じることもできます。
占い師も特色はもちろんあって、ある占い師の方のブースからはお互いの笑い声をよく聞いたりして。
以前もあったのですが、自分の実力に不安を感じたり、他の占い師さんのその様子との違いに重く暗くなる感情になったり…。
すぐに払える感情だとわかりつつも、その感情に対して悪いものだと流してしまうと、また同じような感情の繰り返しになってしまうかもしれない。
わたしは怒るという感情は人より多くないのでは…と思っているけれど、それと同じく笑うことも少ないことを小さい頃から思っていました。
とはいっても、小学生の頃の卒業文集みたいな中で、クラスのみんなをいろいろとランキングにしている中で笑顔についてのそれでクラスで2番とかになっていたので、笑顔がないわけではないことは今も変わらないです。
自分の心に正直なのか、生きていく力の低さもあるからか、人間的な欠けからか、怒る感情も少ないけれど、笑うことも少ないし、感情の起伏ももしかしたら少ないのかもしれない。
精神の薬を飲み始めたのが10代からなので、もしかしたら薬を飲まない頃はもっと違っていたのかもしれないし、忘れてしまった感情なのかな。
でも、占いに来てくださった方と笑い合っている様子を近くで感じていると、わたしはそれを提供できていない…との思いになってしまい、ここ最近は苦しくなっています。
きっとわたしも、ご相談に来てくださった方を笑顔にしたいのだと思います。
笑い合うような話をすることは少ないかもしれないけれど、目の前にいる方の不安や心の重さが少しでも軽くなって、お互いのそのご縁がしあわせの共鳴を創造していける時間にすると、そこに力を注いでいます。
いままでも、占いに来てくれた方の表情の曇りが取れて笑顔に変わる姿も見てきました。
占いの仕事に臨む前にいつもお祈りをしています。
感謝の思いを伝えること、出会う方ひとりひとりがお互いにとって必要な出会いで、その方をしあわせな道へと導ける者としてお遣いくださいと宣言をします。
わたしが占い師をしていることも、手相を学んでいきたい理由も、全てを言葉としていまここに書くことはできない。
けれど、いつの世かでは、誰かが苦しんでいたり悩みがあったら、自分自身の内神様に相談して導きをもらえるくらい、いつでも繋がりを自分と自然と持っていてそこに信頼もあるような日がきてほしい。
そして自分のことを大切に思える心が、周りの人へも心だけでなく行動や声に変える強さを持てるようにしたい。
思いやりは全てを行動にすることではなく、愛を持って見守る、祈りを持って目の前の人を信頼する。
その心を深めていける同志を一人二人と繋いでいきたい。
どうやったら自分自身との繋がりを感じられるか、どうしたらそこに愛を持てるか。
まだまだわたしが真にはできていないからこそ、それを掴めるようになってその道のりを示せる人間へとなりたい。
できない至らないことを負い目にせず、成長した自分が、出来ていなかったというその心を知っている自分なら、寄り添いを持って道を示すこともできるかもしれない。
そう願って占い師をしています。
つらい、くるしい、逃げたい、やめたい、その日常の渦の中にいたときも、心の奥には砂がかかった輝きの石があったかのように、絶望と希望が太陽と月のように現れる時を変えていた。
完璧じゃないから伝えられることがきっとある。
不完全さの葛藤が優しさに変わることもある。
そう願って、目の前の方との時間を大切に、占い師としての道を歩めるしあわせを大事にしていく。
体重記録があとになってしまいました。
昨年夏頃までの100キロ以上の体重から10キロ少しは変化していて、体重記録に興味を持ってくれている方にはスクロールをたくさんごめんなさい。
目標も相変わらず1ヶ月1キロくらいなので数字の変化は少なくて面白くないかもしれないです。
ダイエットブログともしていますが、改めて言葉にすると、わたしの目標は歩きやすい身体づくりを目指すところにあります。
そして短期的な減量を目標にしていなく、生きていく中で今のわたしがあることに奇跡を思っているので、どんな体重であっても、人生の軌跡と命に対して美しさの思いを持っていたい。
体重が重いことは悪いこと、太めの体型だと美しさをともなっていない、と考えることがこの土地でも、時代でもあるかもしれないけれど。
さっきまで占い師としてのわたしが他の占い師の方と比べるようなことをして苦しくもなったけれど、自分自身のことをどこか劣っていると感じる心ってとても苦しいことに思う。
どうか、太っていてもその自分を許してあげてほしい。身長も体型も、どんなあなたもよいものだよって。
体重が少なくても、誰かと比べながら許せない心を持っている方もいると思う。
数字って比べやすいものだし、体型も身長も心の中と違って目にできるもの。
穏やかに、流れるように、変化を恐れず受け入れて、許す心と思いやりで。
そんなわたしでありたい。
わたしがこの世界にいていいよって思いは、きっとあなたがこの世界にいてくれてありがとうってことに繋がっていく。
そう思っているよ。
マリー
※↓画像はスクリーンショットをまとめたものです
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