こんにちは、マリーです。

なかなかブログに向き合えずに過ごしていました。

いまもひさしぶりの感覚から、書きたいことが書けるのかな…と思って書き始めているけれど、言葉にしたい。


胃がんの家族はわたしの父で、この先は「お父さん」と書くかもしれません。

10月の末ごろ、余命は半年くらいだろうと医師から言われて、今はその病院から年末に移動して緩和ケア病棟にいます。

でも、転院をしたら大きな栄養を与えている管が取れて前回の病院から来ていたそう。

緩和ケア病棟ではその処置はできないため、栄養の大部分になる点滴も最小限のものしかつなげることができない。

なので日に日に衰弱していっていて、1月の中旬を過ぎた頃くらいには緩和ケア病棟の担当医師からあと一か月くらいだろうと話がありました。


今日はその担当の医師との面談があって、飲み込めない痰の吸引が本人も苦しいし嫌がることもある。なるべくおこなってはいくけれど痰が詰まってしまう恐れがあること。脚や手足の変色や浮腫みがひどいこと。それでも本人にとっての選択をしていくことなどの話がありました。

とくに先週末からは衰弱が急速化していて、日に日に弱っていくだろうと。


先週はまだすこし相槌を打てていた父も、いまはうつろな目で声かけに応じることも今日はほとんどなかった。


まだわからないけれど、たぶん、あと数日くらいなんだと思う。

医師から3月までは難しいと今日あらためて話があった。


今日はお風呂の日だったそうで、病室に入ったときは目を閉じていたからそのまま帰宅しようとしたけれど、看護師さんから声かけて大丈夫、ともう一度病室に戻り、一緒に来てくれたその看護師さんが父にトントンと声をかけたら目を開けて、一瞬わたしや母を見てにこっとしてくれた。

その一瞬が過ぎると遠い目に戻った。

もう会話もすることはできないみたいで、さっきも書いたけれど声掛けにそれからは応じることもなく、動くこともなかった。


そんなお父さんの顔をじっと見ていたら、わたしのお父さんが先に行っててくれるなら、こわい世界じゃないはずだ…と思った。

お父さんが向かう場所が恐ろしい場所なわけがないって。

きっととっても美しくて、楽しくて、あたたかな場所なんだろうと思った。

その場所へ向かおうとしているお父さん。

だからこの先の命がわたし自身もどれだけあるかわからなくとも大丈夫だ。


それに、お父さんのいる場所に行けるなんてすごく嬉しいって、お父さんの顔を見ていたら、そんな想いが生まれていた。


だからといって、わたしはわたしの命を身体が許すまで一緒にいたい。


わたしへも、ありがとうって、もっとこの自分の体も精神も、一緒に歩んでくれてありがとうって、わたしにこの場所を教えてくれてありがとうってすごく今思っています。


ありがとう。

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